相談相手は選べるなら選んだほうがいい話とお見受けしました
①感情的になりやすい話というのはあるので、そこで感情を抑える努力はある程度必要である ②ただし、感情を抑えることは議論を円滑にすすめるための手段にすぎず、感情を抑えることにかかるコストは個人差があるため、感情の抑圧を目的に置き換えることは、議論の本質から遠ざかるリスクがある
個人的な体験で似ていると思った別の例だと 室温や服の着込み具合、触れるものの肌触りを変えることで、恐怖感や怠さが軽くなり急に動けるようになったことがありました。 気分が比較的簡単に変えられる方法としては、 温水に手を浸したり洗ったりすると、心に毛布をかけてもらったような気持ちになります。 心地よいひんやりさの水の流れを感じると、心が洗われて少し自由になったような気持ちになります。
虐めから鬱になり、耐えすぎたのか 仕事が進まない→趣味の読書でも頭が回らない→職場で頭が真っ白になって何も分からないし何もできなくなったことに恐怖し号泣→休職 と辿った者です。 ・視界が狭く、世界が暗く見える (目から鱗が落ちることを言われて心のモヤモヤが解決すると、急に世界がくっきり明るくなるので差に驚く) ・写真を撮って後から見返すとピントが微妙に合っておらず、なんだか暗い ・ぎっくり腰になりかけているかのように、ふとした時に腰や肩がズクンと強く痛むのがしょっちゅうある ・好きなはずのことをしても空虚で心が晴れない ・明るい曲でも号泣する ・目の前に食べ物があっても、空腹でも食べる気にならずパスする ・面倒だっただけの家事やら風呂やらが、恐怖となり出来なくなる ・全てを投げ出したくなる などがありました。
トーンポリシングが問題になるケースって、投稿者が考えているような真面目な議論ではないんだよね。 極右とかがよくやるのだが、社会的に弱い立場の人間に対するデマや偏見、すでに明らかな証拠があって決着がついてるような話をわざと掘り返す。特に相手にとって侮辱的な内容なことをわざと持ち出す。しかも、何度当事者が極右に反論して、時には極右側が「あなた方が正しかった。私たちが間違っていた。」といって議論に負けたふりさえしたあと、何度も同じことを持ち出す。 当然、相手側はだんだん議論にイラついたり、怒ったり感情的になったりする。 すると、そういう極右は「まあまあ、落ち着いて。感情的にならないで。」と言い出す。するとまるで自分が正論、相手が反論できないから怒ったり感情的になっているように印象操作ができる。特に、投稿者みたいに今までの議論の経緯を知らない人は特にそういう印象操作が効きやすい。
非常に共感 「公平な議論をするために感情的でなくなるべきである」というのがトーンポリシングと見なされるなら、こちらも感情的になることは許されるべきだと思うが、そういうわけではないらしいので本当に意味がわからない
・批判の内容として本質的でない ・往々にして、口調や表現に気を配りつつおっかなびっくり議論をするよりも、多少の感情や態度の表出を許容して踏み込んだ議論をした方が、建設的な結論に至りやすい(特にインターネットでは) ・実は所属する陣営によって「守るべき丁寧さの基準」が全然違うため、厳密にこれに従おうとすると議論中片一方の勢力だけ思うようにしゃべれない、という事態になりうる 「個人的な主義として、議論中でも冷静な態度を失わないようにしたい」というなら全然いいんだと思う
なんというか内容や感情はすごく伝わってくるけど、各項目に対して何をどれくらい書けばいいのかわからなくなっちゃった感あるよねこの人。 文章は良い感じなのに惜しい。
対岸の火事と思わないように、というはなしですね
説明長くて申し訳ないです。
贈答品でホルモンでも送ったのかと思ったら想定以上のが来た
なにがしたいか分からない投稿だと思いました
昔から通じる人は通じるし、通じない人は通じなさそう。 手に職系で転職したい時に士業という言葉を知る人も多いだろう。
Xでの炎上批判については最近見てないから知らないけど、おおむねこんな感じで考えるのはどうだろうか。 おそらく批判されない額はガソリン代実費相当以上だろう。燃費は車によるが、燃費が悪い車に乗る人はスポーツカーみたいなのに好きで乗ってるわけで遠慮は不要。 20km/L、160円/Lで少し色を付けて500円/50kmは最低出せばトラブルになることはほとんどないと思う。 後は関係性で、相手が車自慢半分でドライブに誘ってきた場合は上記にちょっと出すくらい。この場合は相手が断ってくる場合もあるかもしれないが、その場合は遠慮なくお言葉に甘えてもいいと思う。 主目的がドライブでない観光旅行の場合、特に鉄道などに金を払いたくないから車で移動する場合、これに加えて高速代を人数分で割ったものは少なくとも出す。出すのが困難な場合、公共交通機関代の片道の半額を目安にするのもよいかもしれない。 それで、金額を1000円台で繰り上げにしたら問題にならないと思うけど、少し高めの算出になるので相手が「高すぎ」というようであれば適宜減らすとかだともめない。もめない重視の出し方だとこうなりそう。相手が金額を指定してきたらそれに乗っかればいいと思う。
そもそも6泊7日を日本で趣味の旅行としてやる時点で一般的じゃないから、好きに旅行すりゃいいんじゃよ
そもそも責任取れないやつがヤるべきでない。
政治軍事も同じようにしたほうが良いイメージある
なんで執筆者が先生に呼び出されたんだ? 目撃情報でもあったんかな、その辺詳しく書くと良いね
同じような経験ある 完全な私服ではなくオフィスカジュアルだったけど周りから浮いてた 相手会社は「個性を重視する」と説明会で話していたことも理由の一つ
現在進行系で着る服のチョイスに困ってるので(11月)真似させてもらいます いいこと聞いた
もし今回の件を乗り越えられたら、次に交際をした方とたくさんコミュニケーションを取り、本当に大切にすることができたらいいのではないかなと思います。
子供の頃に注意されたことって大人が意図しない方向にまで過度に走っちゃうよなあ 怒ってみても許してくれる友人相手にめちゃくちゃ怒ってみてそこからラインを調整してみては?
印旛日本医大駅なのか、日本医科大学千葉北総病院に搬送されたのか
謝罪を最初にしないから。 謝罪→悪かった点→などと同じことをしないがためにする対策 この順番を間違えて、タラタラといつまでも「申し訳ありません」の一言が出てこないから。
最近のコメント
相談相手は選べるなら選んだほうがいい話とお見受けしました
①感情的になりやすい話というのはあるので、そこで感情を抑える努力はある程度必要である ②ただし、感情を抑えることは議論を円滑にすすめるための手段にすぎず、感情を抑えることにかかるコストは個人差があるため、感情の抑圧を目的に置き換えることは、議論の本質から遠ざかるリスクがある
個人的な体験で似ていると思った別の例だと 室温や服の着込み具合、触れるものの肌触りを変えることで、恐怖感や怠さが軽くなり急に動けるようになったことがありました。 気分が比較的簡単に変えられる方法としては、 温水に手を浸したり洗ったりすると、心に毛布をかけてもらったような気持ちになります。 心地よいひんやりさの水の流れを感じると、心が洗われて少し自由になったような気持ちになります。
虐めから鬱になり、耐えすぎたのか 仕事が進まない→趣味の読書でも頭が回らない→職場で頭が真っ白になって何も分からないし何もできなくなったことに恐怖し号泣→休職 と辿った者です。 ・視界が狭く、世界が暗く見える (目から鱗が落ちることを言われて心のモヤモヤが解決すると、急に世界がくっきり明るくなるので差に驚く) ・写真を撮って後から見返すとピントが微妙に合っておらず、なんだか暗い ・ぎっくり腰になりかけているかのように、ふとした時に腰や肩がズクンと強く痛むのがしょっちゅうある ・好きなはずのことをしても空虚で心が晴れない ・明るい曲でも号泣する ・目の前に食べ物があっても、空腹でも食べる気にならずパスする ・面倒だっただけの家事やら風呂やらが、恐怖となり出来なくなる ・全てを投げ出したくなる などがありました。
トーンポリシングが問題になるケースって、投稿者が考えているような真面目な議論ではないんだよね。 極右とかがよくやるのだが、社会的に弱い立場の人間に対するデマや偏見、すでに明らかな証拠があって決着がついてるような話をわざと掘り返す。特に相手にとって侮辱的な内容なことをわざと持ち出す。しかも、何度当事者が極右に反論して、時には極右側が「あなた方が正しかった。私たちが間違っていた。」といって議論に負けたふりさえしたあと、何度も同じことを持ち出す。 当然、相手側はだんだん議論にイラついたり、怒ったり感情的になったりする。 すると、そういう極右は「まあまあ、落ち着いて。感情的にならないで。」と言い出す。するとまるで自分が正論、相手が反論できないから怒ったり感情的になっているように印象操作ができる。特に、投稿者みたいに今までの議論の経緯を知らない人は特にそういう印象操作が効きやすい。
非常に共感 「公平な議論をするために感情的でなくなるべきである」というのがトーンポリシングと見なされるなら、こちらも感情的になることは許されるべきだと思うが、そういうわけではないらしいので本当に意味がわからない
・批判の内容として本質的でない ・往々にして、口調や表現に気を配りつつおっかなびっくり議論をするよりも、多少の感情や態度の表出を許容して踏み込んだ議論をした方が、建設的な結論に至りやすい(特にインターネットでは) ・実は所属する陣営によって「守るべき丁寧さの基準」が全然違うため、厳密にこれに従おうとすると議論中片一方の勢力だけ思うようにしゃべれない、という事態になりうる 「個人的な主義として、議論中でも冷静な態度を失わないようにしたい」というなら全然いいんだと思う
なんというか内容や感情はすごく伝わってくるけど、各項目に対して何をどれくらい書けばいいのかわからなくなっちゃった感あるよねこの人。 文章は良い感じなのに惜しい。
対岸の火事と思わないように、というはなしですね
説明長くて申し訳ないです。
贈答品でホルモンでも送ったのかと思ったら想定以上のが来た
なにがしたいか分からない投稿だと思いました