5W1H+Then状況説明

Who(誰が)筆者が
When(いつ)高校3年生に上がる前の三者面談の時
Where(どこで)学校の面談室で
Why(なぜ)やりたいことが見つからず進路に悩んでいたにもかかわらず、教師から執拗に「GMARCHへ行け」と、学校の進学実績稼ぎとしか思えない指導をされたため
What(何を)思想が強い教師の意見に対して
How(どのように)教師の意見に猛反発し、その場を飛び出した。その後、高3の春からこれまで全く勉強してこなかった理系科目を独学で猛勉強し、私立大学の看護学科を受験した。 180°異なる分野に受験することで、教師にひと泡吹かせてやった。
Then(どうした)特待で看護学科に合格し、自らの意思で進路を切り開くことができた。

なぜやってよかったのか

  • **自分の頭で考える力が身についた点。** 周囲の意見に流されず、「自分にとっての最善は何か」を徹底的に考え抜いた経験は、その後の人生の大きな糧となった。
  • **主体性が生まれた点。** 他人の意見にただ従うのではなく、自ら情報を集め、分析し、決断し、行動に移すという主体的な姿勢が身についた。
  • **納得感のある人生を歩めている点。** たとえ失敗したとしても、自分で決めた道であれば後悔はない。結果的に、自身の選択に満足し、納得感のある人生を歩んでいる。

やらなかったらどうなっていたか

  • 「GMARCHに行けばなんとかなる」という言葉を鵜呑みにし、興味のない学部で4年間を過ごし、不本意な大学生活を送って後悔していた可能性がある。
  • 何かうまくいかないことがあるたびに、「あの時、先生がああ言ったから」と、他人や環境のせいにする、他責思考の人間になっていた可能性がある。
  • 自分の人生の重要な決断を他人に委ねることで、長期的には大きな不利益を被っていた可能性がある。

備考

  • 自称進学校には、時として生徒の将来よりも学校の実績を優先する教師が存在することを、中学時代から理解しておくべきであった。より早期から勉学に励み、多くの選択肢を持てるように準備しておけばよかったという後悔は残存する。
  • 大学卒業後も紆余曲折はあったが、現在はDevOpsエンジニアとして、同年代の平均よりも高い収入を得て、充実した社会人生活を送っている。あの時の決断は、間違いではなかったと確信している。
  • 両親も教師側の意見に賛同し、「お前の言ってることはおかしい」と幼少期から変わらず否定的な意見を言われ続けていたので、学費は奨学金含め全て自分で払いました(えらい)