5W1H+Then状況説明
| Who(誰が) | 筆者が |
| When(いつ) | 現役の大学2年次のころ |
| Where(どこで) | null |
| Why(なぜ) | 幼少期より抱えていた劣等感と、それに相反する自分の能力の過大評価によって |
| What(何を) | 当時通っていたA大学を |
| How(どのように) | 両親に黙って中退し、B大学に再入学した |
| Then(どうなった) | B大学でも学業は奮わず、キラキラしたキャンパスライフを送ることもできず、就活は失敗し卒論も進んでいない。 |
前提条件
- 高校3年当時、筆者は地元から離れたA大学への進学を熱望していたが両親はそれを止めており、筆者はその制止を押し切って一人地元を出てA大学に入学した。A大学では悪友とつるんでアルバイトと遊びに耽っていたこともあって、学業不振で留年へのリーチもかかっていた。
- また、筆者は幼少期にASDの診断を受けており、少しでもまともな人間に育てようと両親は筆者を厳しく躾けた。そのため「自分はできない子だ」という劣等感を常に抱えながら筆者は育ち、同時に親の教育の甲斐もあって勉強はそれなりにできていたので、「自分はやればできる子だ」という過剰な思い込みもあった。
- なお筆者には逃げ癖があり、嫌なことや辛いことに正面から向き合うことなく大人になってしまった。
健常行動ブレイクポイント
- 両親に黙って大学を辞めることで両親に心配や迷惑をかけることになるとともに、万が一の事件や事故の際の対処も遅れるためするべきではない。
- 夢だけを騙って努力しなければ結果はついてこない。世の中はそこまで甘くない。
- 何らかの理由をつけて嫌なことや受け入れたくないことから逃げ出してはならない。現実逃避した先もまた現実である。
どうすればよかったか
- 曲がりなりにも自分の力で努力して生きてくればよかった。
- 大学を辞める前に一度、両親と本音で話せばよかった。例え今の現実は変わらなかったとしても、両親と向き合うことができていたか否かによって筆者の現在の心持ちは変わっていたと思う。
備考
- A大学を辞めたことや、B大学に再入学して4年次後期現在いろいろとピンチな状況になっていることを、適当にはぐらかして両親には一切話していない。
- A大学、B大学ともにそれなりの入学動機はあったが、大学生活に慣れて初心を忘れたことでゆっくりと堕落していった。なお両大学ともに国立大学であり給付奨学金も受給できていたため、日本国に対してもそれなりに迷惑をかけている。
- 良くも悪くもASDの特性を持つ人間は周囲から「変わった人」として扱われることが多い。筆者はそれを錯誤して「自分には才能がある、自分は努力しなくてもそれなりに上手くやれる」と思い込んで生きてきた。しかしそれは誤りで、実際は自分を内心過大評価しているただの自信過剰なやつでしかなかった。
- 卒論は締め切り前日に完成した。6時間で書き切ったためクソレポであることは言うまでもない
投稿者
2年前にこの記事を投稿した者です。 大学をかろうじて卒業し、新卒で教員になったものの、業務量の多さと責任感の重さから3ヶ月で退職。その後は成り行きで中小企業に入社しました。 仕事はワンオペで給料も多くなく、未経験・専門外の業種で精神的に追い詰められてしまい、心療内科でうつ状態と診断されて、薬を飲みながら生活のために仕事を続けていました。 ですが、今年の春、このままじゃダメだと一念発起し、公務員試験の勉強に取り組み、先日、無事に地元の市役所に採用してもらうことができました。 仕事と勉強の両立は大変だったけれど、「俺はやればできる子だ」という幼少期から信じてきた根拠のない自信にすがり、ようやく両親に胸を張れる仕事に就けます。不安もあるけれど、新しい生活が今は楽しみです。 古い記事だから、もう読んでいる人はいないかもしれませんが、自分と同じASD当事者や自分に自信のない人、逃げ癖のある人へ どうか逃げずに、腐らずに勇気を出して挑戦してください。うまくいかないことも、認められないこともきっとあると思います。努力が必ず報われるわけでもないでしょう。それでも現状を変えようと行動すれば、未来のあなたは今より多少マシになるはずです。 それから、ASDの人は心療内科に行ってください。オンライン心療内科なら、予約した翌日には受診できて、人の目を気にせずに通院できます。自分もまだレキサルティという薬を続けていますが、飲んでいなかった頃よりだいぶ精神状態がマシになります。 長文失礼しました。