IQという下らない数値に囚われた人間は本当につまらないし終わっている。
5W1H+Then状況説明
| Who(誰が) | 筆者が |
| When(いつ) | 6年間ずっと |
| Where(どこで) | どこでも |
| Why(なぜ) | 病院で受けた知能検査の結果が120(端数切り捨て)と悪くはなかったため、自分の力を過信して |
| What(何を) | 義務教育における全ての勉強を |
| How(どのように) | 真面目に行わなかった。 |
| Then(どうなった) | 無論学力は全く伸びず、プライドだけは肥大化し、そして学力どころか勉強する習慣さえ身についていないため、大学受験に失敗して現在進行形で苦しんでいる。 |
前提条件
- 生まれてこのかた、筆者の成績が良かったことは一度もない。そして最近までは真面目に勉強したことさえ殆どなかった。
また、一般的に言われていることだが、IQと学力の相関係数は0.3〜0.5である。要するにIQが高ければ必ずしも勉強が出来るとは限らない。
加えて、IQ120以上は上位10%を指す。50人いるクラスに5人居る程度である。本当に大したことない。
健常行動ブレイクポイント
- 努力無しに学力を上げられる人間などほんのひと握りしか居ないこと、そして自分はそこに属していないことを認識していなかった。
- いや、恐らく認識はしていたのだが、知らないふりをしていた。勉強が面倒だったからである。
- 健常行動ブレイクポイントと言えば、そもそも健常であれば病院で知能検査を受験する機会さえ与えられないため、最初のブレイクポイントは知能検査の受験とも捉えられる。
どうすればよかったか
- 自分の能力の低さを自覚して日々勉学に励むべきだった。
- いや、せめて、最低でも、“自分は能力が高いから、早めに沢山勉強して高みの見物をしてやろう”とでも考えるべきであった。
- 筆者は常々“IQと学力は直結しない”となどと分かった風に説いていたが、それを一番理解出来ていないのは自分であると早々に気付くべきであった。
備考
- こうして筆者は、実力·行動に見合わない目標とプライドを持ち、下らない平凡な数値のみを精神的支柱に据えた化け物となった。偏見ではあるが、実力が無い人ほど見かけ上の数値に拘る傾向があるように思う。
筆者にはIQ100の友人が居る。彼は非常に勤勉で、全国のトップ数人に入る程の学力を持っている。彼は生まれてこのかた、IQなんていう下らない数値に注目したことは無いだろう。
- これは筆者の体験談では無いが、よく言われていることだから触れておく。
SNS上では、“IQが20違うと会話が成り立たない”という言説を頻繁に目にする。
少なくとも筆者に限った話では、あんなものは嘘である。
IQの平均値を100とすれば、IQが120程度の筆者でさえ話の通じない相手が多く居ることになるが、十数年生きてきてそんな体験は一度もしていない。
- 東大生のIQの平均は120、というデータがある。
このデータの信憑性はさておき、ここで最も重要な点は、これが“平均”ということだと筆者は考えている。
まず、先述した通り、IQと学力の相関は決して強くない。IQ86で東大に受かった人が居るとも聞いている。
しかし、ここで一旦“IQと学力は直結する”と認めたとしても、IQが120あるということは決して自慢できる程のものではない。
東大生の多くは努力して合格しているからである。
気の遠くなるような努力を積んだIQ120の人間が平均的な東大生だとすれば、「俺IQ120!?ほな東大生レベルか!努力せんでも色々できるやろ…w」のような考えがいかに滑稽であるかは明白である。
これを読んでいる方にはちょっと外れている人も多いだろうから、IQがそれなりに高いこともあると思う。しかし、仮にその数値が悪くなかったとしても驕ってはいけない。IQについて考えるのは、めちゃくちゃ努力して、頑張って、実力を付けて、それからにして欲しい。
大失敗をした俺からのお願いです。
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