日常会話の最中に逐一根拠を要求してはいけない
5W1H+Then状況説明
| Who(誰が) | 筆者が |
| When(いつ) | 家族との会話中に |
| Where(どこで) | 自宅で |
| What(何を) | NULL |
| Why(なぜ) | 根拠を示さない会話に意味を見いだせず |
| How(どのように) | 相手の発言に根拠がなかったときに、根拠を要求した |
健常行動ブレイクポイント
- 日常会話の最中に、逐一根拠(論文や情報源など)を要求した点。
- 日常会話はディベートやディスカッション、会議ではないことを理解していない点。
どうするべきだったか
- 知的水準が著しく乖離している人と話すことを控える。
- もしくは、適当に相槌を打っておけばよかった。
- ただし、同意しかねる相手の主張に対しては「そうですね」だと、賛意・同意を示したことになり、後日不利益を被ることがある。
- 上記事例のように、相槌を間違えると、発言していない内容を捏造されるリスクが高くなる。ゆえに「そうかもしれませんね」「そういった考え方もありますね」が良い。
備考
- 筆者の職業が、何かを判断するときに、必ずエビデンスが必要なため、エビデンスが重視されない日常会話の不毛さに耐えることができなかった。
- 言葉の定義や既存の先行研究を共有し、新たな価値を創出する対話(ディスカッション)は、時間対効果や情報密度が高く、筆者は快楽を感じる。
- 例えば、主語デカ(「〇〇人は不誠実、日本人は勤勉で時間を守る」といった根拠のない思い込み)や誤解(「ワクチンに効果はない」「〇〇人はコロナを隠蔽している」)といった、無価値な情報に基づく会話に意味を見出すことができなかった。
- しかし、日常会話は「雰囲気」を楽しむものなので、適切な相槌を打っておけばよかった。
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名無し
日常会話の機能は「楽しみ」というより「あなたに特に用事はないが、偶然居合わせることとなった。あなたを無視するほど不快には思っていないので、私を警戒する必要はない」と伝達すること 単純に言い換えれば「あいさつ」だと思う それゆえ中身のない会話がまかり通る、「あいさつ」に中身がなくても機能は果たしている 上記のような話をもっと詳しく知りたいときは、アーヴィング・ゴフマンの著作が参考になる ただ主な著作が1970年代の発行と古く、また安価な著作でも2000円以上の値段となる 可能であれば図書館で借りると無難