自死した知り合いとのやり取りを後悔したときは自分に傲慢さがあると省みると良い
5W1H+Then状況説明
| Who(誰が) | 筆者が |
| When(いつ) | ふと数年前に自死した知り合いを思い出したとき |
| Where(どこで) | その場で |
| Why(なぜ) | 「自分はその人の命をどうにでもできた立場なのだ」と過信していることを言い換えてただけと気づき |
| What(何を) | 「何かできたことがあったかもな」という自分の思いつきに対して |
| How(どのように) | 「自分にはそれほど傲慢さがある」と自覚した。 |
| Then(どうなったか) | 以後、「これは苦悩ではなく、自分の依存心や未熟さが過去の出来事を通して漏れてるだけ」と割り切れるようになった |
なぜやってよかったのか
- 気持ちの整理がついた。
- 過去に目を向けているのは、現在に不満があるからということを体感として自覚できた。
やらなかったらどうなっていたか
- 当人にとっては必至な選択だったのだろうに、それすら弄ぶところだった。
備考
- まったく理解はできないが、本人がその選択をしたという事実は曲げずに受け止めようと思った。
- それはそれとして、自死は本当にやめたほうがいい。
生きている人間には何もメッセージは届かないし、むしろメッセージは歪曲されて都合のいいように扱われることが多い。
死んでしまえば弁明も反論も否定もできない。ひどい場合は、死してなおも、おもちゃ扱い・人形扱いされる。
死んだ人間のことを持ちだす人は、その人にとって都合がいいからである。この記事もそういう面が、やはりあるだろう。
- 生きている人間には何もメッセージは届かないし、むしろメッセージは歪曲されて都合のいいように扱われることが多い。
- 死んでしまえば弁明も反論も否定もできない。ひどい場合は、死してなおも、おもちゃ扱い・人形扱いされる。
- 死んだ人間のことを持ちだす人は、その人にとって都合がいいからである。この記事もそういう面が、やはりあるだろう。
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名無し
自分の価値観が変わった記事だった。ありがとう。