人を亡くしたなど感傷的になりやすいときは、迂闊に刺激に触れるべきではなく、適切にコントロールすべきである
5W1H+Then状況説明
| Who(誰が) |
筆者が |
| When(いつ) |
いまさっき |
| Where(どこで) |
高層階の自室から |
| Why(なぜ) |
天気がよかったため |
| What(何を) |
綺麗な青空を見て、道をゆく人々を見た |
| How(どのように) |
空はいつも通り、そしてこんなに綺麗に青いのに、あの友人はもういないし、彼女はこの青空を見られない、道ゆく人々もまたいつも通り、そして生を謳歌しているのに、あの友人はもういないし、彼女はもうその生を生きられないと、考えてしまった |
| Then(どうなった) |
再び悲しく、感傷的な気分になってしまった |
前提条件
- 先日、猫の日に旅立ったお友達である。
- 昨日葬儀が行われたばかりである。
健常行動ブレイクポイント
- 人の死は非日常であり、一方、人は日常に生きるものである。
- この格差は辛いものであるから、割り切ってめりはりをつけ、非日常側で死を嘆くか、日常側で己の日常を過ごすかをすべきである。
- 健常ブレイクポイントの項ではあるが、いかなる健常者もいつか経験するであろう困難でもある。
どうすればよかったか
- 部屋に引きこもって嘆くなり友人と通話したり健エミュを見るなりして日常や非日常をコントロールすべきであった。
- 「あの子はお空から見てくれているかな」などと前向きに考えるべきであった(しかしこれはリスキーで、ひとつ違えると感傷的になる恐れがある。)
備考
- 悲しい話題を投稿してごめんなさい。
- 健エミュを自らのグリーフケアに利用してごめんなさい。
- 生きる人たちの存在と力は、結局は遺された者への活力になると思う。
- 筆者自らが彼女の後を追たような方向に行かなくて本当に良かった
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Anonymous
生物の死はいつも日常にある