5W1H+Then状況説明
| Who(誰が) | 私が |
| When(いつ) | 友人と話している時 |
| Where(どこで) | DiscordのVCで |
| Why(なぜ) | 普段の雑談のつもりで深く考えず |
| What(何を) | 友人に |
| How(どのように) | 「人は何を基準に理性的に考えることと感情的に考えることを区別しているのか」という話をしたら |
| Then(どうした) | 友人に「人に頭を使わせるようなことは聞かない方がいいよ。お前が話すと◯◯(別の友人)がキレる時あるけど頭使うようなことを話すからだよ。」と言われた。 |
前提条件
- 私はそういった話をする時に賢い返答を求めているわけではない。例えば、「なんなんだろうね」「よくわからない」といった(おそらく)頭を使っていない適当な返事でも怒るつもりもないし怒ったこともない。
健常行動ブレイクポイント
- 他人に考えさせるということは基本的に他人に苦労を強いることの1つであり、双方の合意の上で行わなければいけないことである。
- 人によって知識には偏りがあり(医師でも法律には詳しくない、弁護士でも医療には詳しくないetc)、自分にとって常識なことは他人にとっても常識ということを前提にしてはいけない。
- 会話はテンポが大事であり、それを崩すようなものはしてはいけない。
どうすればよかったか
- 会話は頭を使わないことを話題にすべきである。具体的には、木戸に立てかけし衣食住、き(季節)、ど(道楽・趣味)、に(ニュース)、た(旅)、て(天気)、か(家族)、け(健康)、し(仕事)、衣(衣服)、食(食事)、住(住居)のようなもの。
- どうしても頭を使うような会話をしたい時は、頭を使うことが好きな人、その話題について専門的な知識を持っている人、対話型生成AIなどと話すべきである。
Anonymous
これダメなんだ? 今流行りのIFなんとかみたいなのもこういう哲学的議論好きだし発達障害の人(自分含む)も中身がある方が楽しいと思う
Anonymous
だめっていうか、そういう「彼らは中身のない楽しくない話をしている」って気づかずにうっすら人を見下してしまっているところがバレてるんやで。他者への関心と配慮と観察が足りてないんや。 会話はクラシック、議論は雅楽ぐらい違う。 「クラッシック聞こうぜ!」という集まり中に「和太鼓もええで!」といきなりクソデカ音を打ち鳴らしたらみんなびっくりするんや。 悲しいかな我々は常にほぼ和太鼓側や、和太鼓を鳴らしたくなっても鳴らす前に
Anonymous
切れちゃったやで 和太鼓鳴らす前にひと呼吸おいて相手を観察せんといかんのやで それが関心と配慮や
Anonymous
賢さに勝手な優劣をつける健常者さんサイドに問題がある。後天的な学習が無ければ地位に殊更な興味を持たないasdは、適当な会話と哲学的議論に大した差は付けてないはず(要出典)で、上記の発言に健常者が虚構のマウントを見出している。意図を取り違えているのは健常者側。 でも健常者はほぼ健常者としか会話しないから、会話相手の頭の中が自分と同じだという強い確信があるし、致し方ない。
Anonymous
ありがとう。とてもよくわかるで。残念だが「相手がマウントを取っている」と結論づけてしまうところも我々のマウントなんや。 内容や人間の優劣ではなく、それとこれは違うという知識をもっていないから問題になるんやで。どのタイミングでどの言葉を使うとどう伝わるのかという構造的な知識や。余裕があれば語用論の関連本をためしに読んでみてくれ。健エミュレーター諸氏、特にASDerにはより助けになる。 いつかだれもが苦痛なく会話を楽しめるようになるとええなぁ。
Anonymous
好きな人は好きだと思うし私も割とそっち側だけど、話題を振っても大丈夫な相手か見極めなきゃいけないから難しい