確かさを重視しすぎるあまり、頼みを断らない方が良い
5W1H+Then状況説明
| Who(誰が) | 筆者が |
| When(いつ) | 中学生の時 |
| Where(どこで) | |
| Why(なぜ) | 自分は人体を描くのが上手くないと思っていたため |
| What(何を) | 「手が上手く描けないので、描き方を教えて欲しい」と私を頼ってくれた友人に |
| How(どのように) | 私では正確な描き方は教えられないと思い、「人体の描き方だったら〇〇ちゃんの方がよく知ってると思う」と、絵が上手い別の同級生に聞くよう促した |
| Then(どうした) | 頼ってくれた同級生と関係が悪くなることは無かったのだが、今でも少し後悔している
(詳細を以下に記す) |
前提条件
- 私は美術部に所属していて、友人や同級生からは絵を描ける人として認識されていた。
- 私は手の描き方のテクニックを知ってはいた。下手ではありながらも、普段絵を描かない人より知識は持っていた。
健常行動ブレイクポイント
- 頼ってくれたということは、友人は私の絵の質をある程度信頼してくれていたはずだ。にも関わらず、「下手な私が教えると迷惑になる」という自分の考えだけを優先してしまった。
- 相手が頼みを断られてどう思うか、想像できていなかった。「あなたの絵を上手いと思ったから聞いたのにな」「教えるのが面倒くさかったのかな」と思われ得る返事だった。
どうすればよかったか
- 自分の能力が評価されていることをひとまず受け入れ、知っているテクニックを教えた上で、「〇〇ちゃん絵上手いから、〇〇ちゃんにも聞いてみてもいいかも!」などと返すべきだった。
備考
- この投稿の趣旨は「謙遜しすぎない方がよい」よりも、「確かさを重視しすぎない方がよい」に近い。
当時、私は日常のささいな会話でも確かさ(どの単語を使えば自分の気持ちをより正確に伝えられるか?情報は正確か?など)を重視しすぎており、コミュニケーションにおいて大切な感情面のやりとりを疎かにしてしまっていた。当事例も、自分の能力の確かさより別の同級生の能力の確かさの方が高いと判断したために起こったことだ。「正確であることは、必ずしも正解とは言えない」。これは良好な人間関係を築く上で意識しておきたい考え方である。
- とはいえ、友人間のコミュニケーションでも正確性が問われることがある。(学校の勉強を教える時など)
会話中は、単なる雑談の場なのか、正確な知識が必要な場なのかを見極める必要がある。
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