5W1H+Then状況説明

Who(誰が)自分が
When(いつ)初めて京急に乗った時
Where(どこで)京急蒲田で
Why(なぜ)羽田空港駅から京急蒲田駅に戻ってきた時、対面ホームに向かい側の快特が停車しており、「当然、自分が乗ってる電車からの接続待ちをしているだろう」という強い思い込みが生じたため。 その予断に基づき、周囲の状況確認を省略して急ぎ足で乗車を試みた。
What(何を)実際には既に駅員が旗を上げ、出発合図を出し、乗車中にドアが閉まり始めているという「発車直前」の視覚情報があったが、それを無視して閉まりかけのドアへ身体を割り込ませようとした。
How(どのように)駆け込み乗車のような形になり、閉まりかけたドアや動作の反動で車内で転倒し、手に持っていたバックの荷物も床に叩きつけてしまった。
Then(どうした)駆け込みに近い形で乗車し、閉まり始めたドアに接触し、その衝撃と焦燥から車内で転倒した。 乗車直後から、自分の予断、接続の確信が現実の運行状況、発車合図と乖離していたことへのショック、および「一歩間違えば重大な事故になっていた」という恐怖から、数分間にわたり「生きた心地がしない」ほどの強い心理的動揺に見舞われた。 物理的な接触以上に、車内での動悸(心拍数の上昇)が長時間収まらず、客観的な状況判断が困難な状態に陥った。

前提条件

  • 乗車していた電車の車掌による「京急蒲田で快特に接続する」という案内は一切行われていなかった。 あくまで自分自身の「この駅では快特に接続するはずだ」という予断に基づいた行動であった。

健常行動ブレイクポイント

  • 「接続しているはずだ」という自分の内部知識や予測を過信せず、車掌のアナウンスという「現在の公式情報」が欠如している事実に注目し、行動を保留すべきであった。
  • ホームに降りた際、駅員が旗を上げているという物理的な終了サインを視認した時点で、乗車を断念すべきであった。 「まだ間に合う」という主観的な希望よりも、現場の運行合図という客観的な事実を優先して受け入れる必要があった。

どうすればよかったか

  • 一本後の列車に乗ることによる「数分、数十分の遅れ」と、無理な乗車による「転倒のリスク、周囲の注目、数分間の激しい動悸」というコストを天秤にかける。 後者のダメージ(生きた心地がしない状態)の方が圧倒的に高いことを、身体的な記憶として記録し、常に「急がない方が効率的である」という判断を下すべきだった。
  • 「まだドアが開いている」「走れば間に合う」という自己中心的な視点ではなく、駅員が旗を上げている視覚情報、あるいはブザーや発車メロディが鳴っているという聴覚情報を、自分に対する強制的なストップ信号として再定義し、即座に行動を停止すべきだった。
  • 車内の車掌アナウンスがない場合は「接続はない」という前提でホームに降りる。 もし向かい側に電車がいても、まずは駅にある「発車標」を一度目視で確認し、運行状況という客観的な現実と自分の知識を照合するプロセスを挟むべきだった。

備考

  • 当時は鉄道写真の撮影の移動であり、移動を急ぐ客観的な理由は一切なかった。 時間は十分に確保されていたにもかかわらず、脳内の「接続パターン」という知識が優先され、身体が反射的に「乗るべきもの」として反応してしまった。